イチロー選手が引退したというニュースを見ました。彼の
印象で一番強いのは若手だった頃に振り子打法を駆使し、
年間200本のヒットを打ったことですね。それが一番強い。
それと神戸が1995年の地震で壊滅状態だった時に、神戸の
球団が優勝したというのは非常に印象に残っています。
1995年のシーズン開幕時、イチロー選手は2番打者でした。
意外でしょ。3番打者のイメージが強い。
ちなみに1番打者は田口選手。開幕投手は佐藤義則選手。
監督は仰木さんでした。
シーズンオフになると神戸に帰ってくるイチロー選手。
実は僕、あるバーでイチロー選手に会っているんですよ。
だから何?ってことなんですけどね。
天才打者と言われ続けた彼の苦悩はとてつもないもので
あったと推察します。だって、この世の中には天才など
いないですものね。努力、努力、努力です。
野球を愛しているから努力はそれほど苦しいものではな
かったとは思うけど、「天才」じゃない人が「天才」と
呼ばれ続ける、その期待に応えねばという苦しさは
きっと僕たちが思っている以上のものだったのでは
ないかと思います。天才なんていない。
これからは鈴木さんとして、また新しい人生のステージ
で、僕たちに刺激を与えてくださればいいなと思います。
今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
しかしそれを思うと50歳までプロ野球選手であり続けた
山本昌投手はやっぱり凄いなと思います。