KIMUTATSU BLOG
木村達哉のブログ「キムタツブログ」

カテゴリー別アーカイブ: 人生論

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Something to Live for

Posted on: 2019年5月4日(土) 8:20

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まだまだ下手ですが、専門学校の先生方のおかげで今までに
比べれば多少はましになってきました。絵を描くの。

灘校の文化祭、生徒たちがほとんどを運営するのでわれわれ
教員は比較的暇で、職員室で卒業生や元教職員と喋っている
先生方がほとんどです。

僕は絵を描いていました。

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英語は毎日やっていますのでできて当たり前。プロなのに
英語ができなければプロ失格ですからね。

問題は人生を豊かにするためにどう生きるかなのです。

ゴルフにしても絵にしても、真剣にやらないとつまらない
ものですから、学校に通いながらしっかりと学びます。

名古屋大学の大学院で数学を勉強しているという卒業生が
文化祭に来てくれました。正直、在学中は勉強に対する
姿勢が前向きではなかった彼ですが、今は真剣に数学と
向き合っているということでした。

当時はすみませんでしたと頭を下げていました。

いつからでもいいんですよね。気づいてからでいい。

つまらないのはダラダラ生きることで、なんだか死ぬを待
っているような生き方では本当につまらないなぁと思う。

意外と人生は暇なので。仕事や部活指導をとったら何にも
残らないなんて寂し過ぎる。

英語とゴルフと絵をしっかり学んでいきます。

そのうちまた新しい何かが見つかるでしょうから、その時
にはそれに真剣に打ち込んでやろうと思っています。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
どうせ死にます。どうせ死ぬんだからもういいんじゃね?
という生き方もありだとは思います。
が、僕はそういう考え方が嫌なので精一杯生きます。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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英語で何をするか

Posted on: 2019年4月30日(火) 9:21

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今日で平成が終わりますね。平成生まれの人たちはともかく
僕と同じ昭和生まれの皆さんにとって平成はどうでしたか。

昭和時代の僕と平成時代の僕は天地ほどの違いがあります。

英語という面においては、

①昭和時代の僕
英語が得意といっても下線部訳が得意であったり、構造分析
が得意であったり、パズル的な英語力であったように思う。
模試で全国2位をとってガッツポーズしていた。一方、数学
や理科に関しては宇宙最下位だった。アホの極み。

②平成時代の僕
構造分析はクイックレスポンスでできたうえで、英語で話さ
れていることが聞けて、英語で何かを話すことができるよう
になったので、英語ネイティブと話しても緊張しなくなった。

①は受験的な英語。②は経産省が喜びそうな英語。

①も②も受験には必要なんですけど、実際に英語を使うとい
うよりも、英語で何かをするという観点がないと、勉強への
モチベーションがあまり高くならないと思いますけどね。

英語も日本語も中国語もすべて「何か」をするための手段で、
その「何か」のほうが大事ですからね。

以前、茂木健一郎さんと話をしていたときに、英語はできる
けれども仕事はそれほどできない人と、英語はそこそこだけ
れども仕事はバリバリできる人と、どちらが求められている
かというと、当然のことながら後者であり、英語の勉強だけ
ができてもあまり社会的には役に立たないと仰いました。

日本語はバリバリできるけど、人間的にも仕事的にも大した
ことのないアメリカ人がいたとしても、雇いませんわな。

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平成は英語熱がかなり高くなった時代ですが、だからと言っ
てあまり英語力が高くなったわけではない時代でした。

英語で何をするのかという意識がないと令和になったところ
で大した違いはないでしょうし、いくら民間の試験が受験に
導入されたとしても英検協会やベネッセが喜ぶだけで、英語
ができない人間が逆に増えることになるでしょう。

僕は英語を勉強していますが、これは別に英語を教えるため
ではありません。灘校生に英語を教えるのに必要なレベルは
それほど高くありません。

皆さんは英語で何をしますか。その意識が強ければ強いほど
英語力は高くなると思われます。英語ができればいいことが
あるよとか、英語ができないと困るよ程度の意識では、おそ
らくモチベーションはキープできないでしょう。

平成、僕にとってはいい時代になりました。

自己変革を起こすことのできた時代でした。

令和ではさらにステップアップしてやろうと思っています。

 

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
平成になったときはあまり高い意識がなかったのですが
おそらく令和時代にこの世を去ることになるだろうからか、
今回は転校先の学校に一歩足を踏み入れるような気分でおります。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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「Aになる」は夢ではない

Posted on: 2019年4月21日(日) 22:05

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この週末はゆっくりしました。おかげで背中の痛みが消えて
体調がかなり良くなりました。ゆっくり生きないとあかんな。

メルマガに直近の目標について書きました。

多くの先生方や業者の方々から応援のメールやラインなどを
いただきまして、なんだかびっくりしております。

医師になる。教師になる。通訳になる。プロ野球選手になる。

「Aになる」って単なる目標ですよね。

大事なのはなった後です。医師や教師になっても、全く役に
立たないような存在では意味がありません。

プロ野球選手になったって、数年でファイアーされているよ
うなことでは、先々の人生で苦労をするのは目に見えてる。

大切なのは「Aになること」ではないと思っているのです。

メルマガに書いた僕の目標は、だから「夢」なんかではなく、
直近の目標なのです。大切なのはその後なのです。

努力すればおそらく「Aになる」はかなうはず。

だから日々努力しています。努力しないで夢や目標を語るよ
うな馬鹿にはなりたくありませんので。

 

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました!
でもそれはそれとして、メルマガを読んで応援メッセージを
くださった皆さん、本当にありがとうございます。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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SNSで傷つくならば

Posted on: 2019年3月18日(月) 22:23

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最近なにかあると芸能界と政界を中心に炎上していますね。
SNSやブログなどの言葉に過敏に反応し、中には大変な
目に遭っておられる方もいらっしゃるようで気の毒です。

でもまぁ、そうなったらSNSをやめればいいだけのことで、
それほど悩むようなことでもないんでしょうけど。

僕のこのブログも以前はコメント欄があったんです。

帰宅してコメント欄を開くのが怖かったですねぇ。

まともなコメントが90%。

そして批判が10%。

誰かわからない人の批判を聞く程アホではありませんので
そういうコメントは削除していたんですけど、一瞬でも
そういうのが目に入るのが嫌で、コメント欄をやめたんです。

ツイッターとかもそういう理由でやりません。

だから僕はこの何年間も炎上は全くしていないのです。

誰からも批判されていませんし。

FBはコメント欄を設けています。だけど誰かがしょうもない
ことを書いたら(あるいは実生活で僕の悪口を言っている
ことを知ったら)速攻で拒否していますし、そういう点では
まったく問題ありません。

最近は生徒もツイッターやラインなどをやっていて、何かと
傷ついている人がいますが、そういうものをやるのであれば
傷つけられることがあることを知っておくべきです。

そして傷つくのが嫌なら、やめるべきです。

やめもしないで「傷ついた」と大袈裟に騒ぐのは、あまりに
自己防衛力がないのではないかと僕は思っています。

傷つくのであれば、ツイッターやラインなんかやめましょう。
もっと大事なことがあります。精神的に安定した生活こそが
もっとも大切なのです。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
何年間も、誰からも叱られても注意されてもないなぁ。
年をとるというのはそういう危険に晒されることなんやなぁ。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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生徒に話したこと

Posted on: 2019年3月2日(土) 9:06

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自分が進みたい方向、歩みたい人生を周囲に告白したとき、
それは非現実的だとかそんなことは無理だとか言う大人に
従ってはならない。

なぜなら本当に成功した人であれば「難しいが方法を考え
よう」とか「相当な覚悟が必要だが計画を作ってみれば」
とか言うはずだからだ。

「非現実的」や「どうせ無理」といった言葉を吐く大人は
たくさんいると思うが、その人にとって非現実的であり
無理なのであって、だいたいそういう人たちこそ今までの
人生で成功体験がない人だから、そういう人の言葉で自分
の人生を決めてはならない。

自分の人生の地図は自分で描くのだ。

と、昨日は神戸市立渚中学校の中学3年生たちに話しました。

彼ら彼女らは大きく頷いていました。

自分の力の限界を知って自分でステージから降りるならまだ
しも、赤の他人の言葉で人生を決めるような愚を犯しては
ならないのです。

日本人全般に言えることだけど、大人も子どもも夢のステー
ジから降りるのが早すぎるのです。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
大学や学部を決めるのも自分。もし教員が「医学部など
君には無理だ」と言うなら、それは大した教員じゃない。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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作家

Posted on: 2019年2月18日(月) 21:48

nago

 

嬉しいというか照れくさいというか。

講師紹介で「教員だけではなく、作家としてもご活躍されて」
いると言っていただいたからにはもっとがんばらなな。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
頑張ります。4月からは専門学校に通います。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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仕事をするということ

Posted on: 2019年2月14日(木) 22:07

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必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。

仕事は探してやるものだ。

自分が創り出すものだ。

与えられた仕事だけをやるのは雑兵だけだ。

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このように言ったのは織田信長ですが、そういう意味では
与えられた仕事を真面目にこなしているだけではあまり
他の人たちから高い評価を得ることはできないでしょう。

仕事をする人には4タイプあるんです。

1.言われたこともできない人
2.言われたことしかできない人
3.言われなくてもやる人
4.仕事を自分で創る人

どういう生き方をするかですね。

1でも2でも給料だけもらえるならオッケーという人もいる。

3や4でありたいと思う人もいる。

自分がどうありたいか。単にそれだけなんですよね。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
本を書くという仕事はまさに4でしかないのです。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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What do we study for?

Posted on: 2019年2月6日(水) 20:36

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子どもの頃、55歳のおっちゃんはかなりのおっちゃんで、
近所にいる55歳はとても恐くて、だからこそ逆に笑うと
なんだかホッとする存在だったのですね。

いま、自分が55歳になって思うのは、あまり中学時代と
変わらないなということです。

中学時代、なんだか周囲の人たちの顔色をうかがったり、
将来が見えなかったりしながらもその日その日をそれな
りに生きていたように思います。

成績なんて模試の結果が返ってきたときしか気にせずに
自転車で石舞台古墳近辺を走り回っていました。

もちろん今は自転車で走り回ることなどありません。

しかし大人になっても、周囲の顔色を伺うということに
ついては、もしかしたら子供時代以上かもしれないなと
感じております。

本当の意味で自由になりたい。

そう思いながら生きています。

灘校は自由だと言われますが、こういう自由は自由では
ありませんからね。そもそも出勤する自由があるわけ
ではない。朝起きて準備して、眠くても職場に向かうの
ですから、全く自由ではありません。

なんのために勉強するのですかと尋ねられれば、今の僕
としては「自由になるため」としか言えません。

とことんまで力をつけた人だけが自由になれるのではな
いかと思っていますし、今もその想いで勉強しています。

未熟な段階では野球も楽器も英語も、勉強はしんどいこ
とだらけですけどね。

4月からはまたある専門学校に通って、勉強します。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
生徒たちにその話をすると「先生の未来を楽しみにしてる」
と言ってくれました。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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本とともに生きようと

Posted on: 2019年1月25日(金) 20:28

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いろんなところに行きますが、たいてい「『ユメタン』の
キムタツ先生」という紹介のされ方をします。

教員としての僕は「灘校の木村先生」なのでしょうけれども
「灘校の」という枕詞が付くことが減ってきました。

物書きとしての僕は「『ユメタン』のキムタツ先生」なんだ
なぁと思いながら、講師紹介を聞いています。

代表作品があるというのは幸せなことです。ほとんどの作家
には代表作品と言えるものがあまりないからです。

自分の代表作品はこれだと自分で言うことはできても、他人
が「この人の作品を1つ挙げよ」と言われたときに答える
ことができる作品を持っているのは幸せです。

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「灘校の木村先生」には終わりがきます。

でも物書きとしての僕には終わりがありません。

作家に定年があるわけではありませんしね。まぁ強いてそう
いうものがあるとすれば、出版社から依頼がなくなったとき
でしょうが、それでも著作がある以上、物書きとしての僕で
あることには終わりはありません。

現在は生徒たちをしっかりと育てることが本業で、人様から
お金をもらっている以上、そこでは手を抜きません。

が、人生が終わるときには「灘校の」ではなく「物書きの」
を自分の名前の前に付けていただけるよう、これからも
計画を立てて、書きたい本を書かせて頂こうと思っています。

以前、ある企業の社長と話していたとき、「どう生きるかと
どう死ぬかは同義語ですよ」と仰って、そうかと膝を叩きま
した。どういう形で死ぬかを考えることは、結局のところ
どう生きるかということを考えることになります。

どうしても「灘校」が付いてまわることにはなるのでしょう
けれども、本に抱かれて死んでいくのが理想だなと思って
いますし、本とともに生きようと思っています。

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
書店さんで取り上げた本を読みながら、美味しいお酒を
飲むのは最高の贅沢です。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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あけましておめでとうございます

Posted on: 2019年1月1日(火) 5:00

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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

宜野湾の嘉数高台公園では桜の狂い咲きが見られました。
上の写真をご覧ください。桜が少しですが咲いていますでしょう。

今年も良い年にしたいですね。

目標を立てて手帳に書きつけましたか。なんとなく流れに任せて
生きるのもいいのでしょうが、短期と長期の目標を決めて、それ
を実現するために努力するようにしていると、けっこういろんな
ことが叶ってきますし、大きい夢につながります。

僕は毎年5項目ぐらいの小さい目標を立て、使っている沖縄手帳
の最初のページに書くようにしているのです。

本を必ず5冊以上出版する。
ゴルフ、80台で1回はまわる。
2000人以上と会って話をする。
健診の数値は全て正常値を保つ。
睡眠時間を必ず6時間確保する。

昨年はこういったものでした。

日記をもうかれこれ10年ほどつけています。こういった目標を1月
1日のところに書くようにするのです。

年間に何度も1月1日から読み返すようにしていますので、目標を
目にするたびに「あと3冊か、なんとかなりそうだな」とか「少し
だらけているから頑張らないと」などと自分のお尻を叩きます。

なにせ生来の野良ですので、だらだらしてしまうのですよ。

昨年立てた目標のうち、「ゴルフ」だけは実現できませんでした。
12月の最後のゴルフは真剣に臨みましたが、駄目でした。

今年のぶんはこれから考えて、手帳に書きつけます。

皆さん、不器用でもいいから、しかし精一杯生きましょうね。

今年もよろしくお願いいたします。

木村達哉拝

 

 

今日もブログにおいで頂き、ありがとうございました。
パターの精度を上げれば80台を出せそうなところまで
きました。あともう少しです。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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