KIMUTATSU BLOG
木村達哉のブログ「キムタツブログ」

カテゴリー別アーカイブ: 人生論

kimutatsu

打算抜きの友達を作ろう!

Posted on: 2007年12月10日(月) 9:30

nada

今日はええ天気ですねぇ(^▽^)。寒いのは寒いねんけど天気がいいと気分までいいですね・・・と言っていると、理科の先生が「それはセロトニンが何とかかんとか」と・・・

天気がいいと勉強にもなるなぁ!(-^〇^-)

今週はいろんな方々にお逢いできるのですっごく楽しみです。

特に週末にあちこち動くのですが(秘密)縁と出逢いを大切にしたい僕としては極めてワクワクしているのです。う~、週末はよ来いよ!って感じですね。

講演でお逢いした学校の先生方と再会するんです!

教員の世界ってのは狭いので、なかなか他府県の先生方と連絡を取り合って「よし!飲もうぜ!」なんて雰囲気になることってあまりないんですよ。

年賀状でもそうでして、「今年は飲もう」なんてたくさんの年賀状に書いてありますが、実際に会って食事をすることってのは極めて少ないねんね。

これが仕事関係やと違います。僕と逢うことで、あるいは僕が逢うことで、何らかのプロフィットが生じる場合には連絡を取り合ったほうが絶対にいいものです。

今回のはそういう要素が何もないのに「飲もうぜ!」ってノリで逢えるのが嬉しいのです。うーん、理想的やなぁ。打算的ではない逢瀬ってのはホンマにええもんや。

一応断っておくが、仕事関係でも深くなると打算とかプロフィットとかどうでもよくなるんです。例えばB社Y君やA社S氏(アルクね)なんかとのつながりは打算も何もない。

今回のはホンマになーんもない!\( ^o^ )/

他校の学校の教員同士ってのは、例えば自分の授業でこういうことがあったんやけどお前んところではどうや?とか、こんな教材ってあったらええのになぁとか、そういう話になりますねん。

お互いの上司のことを愚痴っても意味ないしね(笑)

実際、飲んでるときに愚痴愚痴言うやつとは飲めんし。

うちの学校もこういうふうにすればいいのに。いっぺん言うたろ!なんてのは愚痴じゃない。前向きに話をするのはええことですわ。そして腹を割って話をするには酒が要る!

というわけで今週も頑張ろうモードな木村です(笑)

特に金曜日は超元気なおっさんと逢うので、僕もテンションを上げておきます(笑)

たぶんこれからもたくさんの人たちとお逢いするんでしょうね。
カネの動かない関係って大人になると疎遠になりがちですが、でも大事にしましょうね。

縁と出逢いを大切に(^▽^)

自分も打算抜きの友達をいっぱい作ろう!
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(追記)飲んでいても仕事の話ばかりになる僕はどうかとも思うけどね。


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

一足飛びより一歩一歩

Posted on: 2007年12月9日(日) 10:19

towada 

今日は日曜日・・・なのに学校に来ている木村です(^▽^)

他にも先生方が来られていますが、誰も喋らず静かな環境で仕事ができるので、実は休みの日の学校が好きやったりしますねん。何かあると学校に来て仕事をしております。

気分がローの時はお墓参りをします。お墓はいいよね。
(若い人にはこの感覚、わからんかもしれんが)

僕は大学時代に(あ、全く話が変わるよ)音楽をしてたんですよ。下手なギターを弾いて歌っておりました。今は単なるカラオケ親父ですが、今でもバンドができたらいいなと思っています。

同い年の友達(会社員)がバンド活動を続けていて、ライブハウスなんかに出演しているのを見ると、正直羨ましいなと思いますねぇ。

教員は仕事なのでもちろん続けるとしても、それ以外の自分のライフワークがあるかないかで内面の豊かさが全く違ってきますからね。それが音楽でなくて、人によっては旅行かもしれないし、人によっては絵画や写真かもしれません。

僕の場合、本を書くことがそれに当たるのですが、なにせ欲張りなものだからライブやるから来てほしいなんてメールが来るといてもたってもいられんのですわ。

先日買ってきた来年のAGENDAに、2008年に叶えることを列挙していたのですね。全部叶うとすると、本を20冊ぐらい書くことになります(あり得んのですが・・・)。

でも実は以前からやりたいなと思ってることがありまして。

1つはバーマス。もう1つは老人ホームなどで慰問演奏をすることです。

演奏っていうても、僕はもうおそらくアコースティックギターしか弾けないので、ボーカルをやることになるんですけどね。ミニライブみたいなことができればいいなと。

ライブハウスでやるとお金がかかるし、それをお客さんから集めることになるよね。お金を出して聞いてもらえるほどのレベルじゃない(笑)。それより老人ホームや養護施設などで少しでも役に立てればいいなと思ってる。

バーマスは自分でシェーカーを振ることができないし、誰かを雇って自分は経営だけすることになるけど、それはちょっと違うなぁって感じがしてる。バーのマスターになってお客さんと喋るだけで、シェーカーは他の人に振ってもらうとか?いやぁ、それはちょっと違うなぁ。

でも音楽のほうは何とかなるんちゃうかなぁと考えているのです。

まだ43歳ですしね。来年入ってくる生徒たちを卒業させる年には50歳になる。

それぐらいにやりたいことがある程度できてれば嬉しいなと思っています。

成功した人の本を読むと、やはり長期的な目標を常に掲げておられる。そして中期目標や短期目標を叶えながら、少しずつ長期目標に近づいていかれているのですよね。

2008年の目標は短期目標なのですが、3年後の中期目標や15年後の長期目標にも向かって、ゆっくりでも歩を進められたらいいなと思っています。

先日アルクのSさんと喋っていたのですが、一足飛びにバーンと出てきた人ってのは(芸能界と同じで)一気に堕ちていくそうです。逆に演歌歌手のように地道に活動を続けてきた人ってのは多少失敗しても大丈夫らしいですね。

アルクから最初に出した本を作っているときに、よくSさんに「僕は演歌歌手のように地方周りから頑張りたい」と言ってたことがありましてね。そうしたらSさんが「リュックに本を入れて1冊ずつ売って歩こうや」と言ってくれました。

嬉しくてねぇ・・・

まだ誰も「木村達哉」なんて知らないときですから、センターリスニングの本を作っても売れるかどうかなんて全くわからんかったですしね。だから書店の挨拶回りから何から全部一緒にやりました。

今もその姿勢は崩していないつもりです。

これからも一歩一歩でいいから、毎日ブログを更新しながら地道にガンバっていければいいし、派手なパフォーマンスをする必要もないかなと思っています。

ただ、やはり少しずつ夢を叶えるのはしんどい。しんどいからこそ、努力、また努力の繰り返しなんですけどね。何より大事なのは忍耐力、精神力なんだろうなと思っています。

僕は灘の先生方や生徒たちだけじゃなく、ここを訪問する日本中、いや世界中の受験生にパワーをもらえるのでハッピーです。モチベーションをキープしながら夢に向かって頑張りますよ。

自分も少しずつ夢に向かって歩いていくぞ!
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(追記)受験生諸君、頑張ってるのはキミらだけやないんやで。

  

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

親の愛と言葉について

Posted on: 2007年12月6日(木) 20:29

1位

ある受験生の方から連絡を頂戴しましたm(__)m

「センター試験 英語 合格の法則 語彙・語法・文法・発音編」を購入しました。続編の「会話・語句整序・読解編」の出版はいつになりますか?

という嬉しいメールやったのですが、おそらく来年の5月には出したいと思っていますが、今はとにかく学校のことで忙しいのです(>_<)

編集のD君からもせかされているのですが、バタバタしております。

こういう本の執筆はもちろんひいてはうちの生徒たちのためにもなるのですが、とりあえず目の前の生徒たちの期末考査や成績処理が最優先です。

ですので、連絡をくれたY君、もしかしたら今年の受験生だったら申し訳ないんだけど、おそらく今年度じゅうにはちょっと無理なのです。

というわけでよろしく(^O^)ノ

有隣堂書店

僕は本を書くというか、文章を書くのが好きで、その理由は中3の時に担任の先生に「キミの書く文章は躍動感がある」って褒めてもらったことに端を発するのです。

やはり自信を与えられるってのは大きいよね。

当時の僕は14歳ぐらいなんやけど、30年後になってもその言葉が自分を支えてるところがあるんやから、言葉の力ってのは大きい。

逆にマイナスの言葉を吐きつけられたこともたくさんある。

そういう言葉だって、やはりショッキングやったものは覚えてるもんでね。まぁ気にしないようにするのは自己防衛手段なんやろうけど、そりゃええ気はせんわな。

自分のことを知らない人に何を言われてもなんとも思わんわな。

でも僕のことを知っているであろう人に言われた言葉ってのはやはり重い。

でもね、そういう人ってのは大事にせんといかんと思ってるんです。その人をよく観察して、嫉妬ややっかみなどで言ってる場合は無視すればいい。

だけれど自分のことを本当によく見てくれている人で自分に苦言を呈してくれる人は大事にせにゃならん。大事にしてくれてるからこそ、言いにくいことを言ってくれるわけでね。

若いときってのはそこの判断が難しいので、とにかく自分に苦言を呈する人を「うざい」とか「なんやねん」とか言いながら跳ね返してしまいがちなんよね。

「あいつは味方やと思ってた」なんて言いながら。でもそれは違う。

逆に褒めてばっかりの人ってのは誰にでも主義としてそうしている場合もあり、必ずしも自分にとって完全にプラスになるわけではないと思うねんね。

特に若いうちは親がいろいろと口をはさむ。

自分の親やから余計に甘えが出るんやろうけど、本当にうざく感じられて、中には大切な親に対して「何言うとんじゃ!」なんて感じで声を荒げる人もいるらしい。

頑張ってるから悩むねん

まぁ思春期っては自我が芽ばえて、親の価値観にむやみやたらと反抗したくなるもんやし、反抗しない子供ってのは逆に20歳を過ぎてから大きな問題を抱えることも多いらしいな。

しかしそういう言葉を投げかけても親が許してくれるからって、ええ気になってちゃいかんわなぁ。そのくせカネの面では親に頼りっぱなしなくせに。

大人になればわかるけど、どうでもええ人には何も言わん。軋轢を生むだけやし、どうでもええ人には黙っていればいい。関係を極力持たないようにするねん。

大事に思ってるわけじゃない人にとやかくうるさく言ったりする人ってのは残念ながら子供でな。なんでお前にそんなこと言われにゃならんのだ?って喧嘩になってしまいます。

特に普通は(←最近はいろんな事件が起こるので、あえてこの副詞をつけてみたけど)親ってのは子供のことが何よりも大事なんや。母親の愛ってのは特に凄い。

自分の身体の中から出てきたんやからな。

どうしても子供のことが気になるし、それが成績が悪いとか素行が悪いとかいう場合にはものごっつい心配になるわけです。父親以上にそうなんやないかと思う。

ある時期が来るともちろん親は子離れせんといかんのやろうけど、しかしそれでも「放りっぱなしで」って言いながらもだいたいいつも見てるし、いつも心配してるもんや。

僕の弟の事業がなかなかうまくいってないと。そうするとオヤジが何かと心配して、僕のほうに連絡をくれたりするわけやな。「もうあいつも40なんやからほっといたり」と言うんやけど、かなり心配しとる。

そういう僕が親に対して本当に感謝し始めたのは自分の子供ができてからで、実際に自分が親にならんとわからんことってのはたっくさんあるねん。

でも一応頭でわかっておいてほしいのは、自分のことをいつも親は見てくれてるってことや。だからこそ「うざい」言葉を投げかけてくれるわけやねんね。

だから間違っても親を傷つけるような言葉を吐かないでほしい。

スネて見せたりするぐらいは逆に子供に許される特権かもしれんが、それでも親は「あんなこと言わねばよかった」なんて思ってることが多々あるもんや。

親だってできりゃ子供に気分良く生活してもらいたいし、サザエさん一家みたいな家庭が作れればいいなと思ってる。しかし残念ながらサザエさん家でもカツオ君が高校生になって進級がやばいなんてことになると、やはりいろいろな問題が出てくる。

そこを書かないのが漫画の漫画たる所以なのです。舟さんが「カツオが今日も帰ってこない」とか、サザエさんが「タラちゃん、数学が悪くて国立大学には行けそうもない」なんて暗くなってるシーンはあり得んわけですな。

もう一度書くけど、親は常に心配してる。いくらうざいと思っても、落ち着いてからでいいからその言葉を自分の胸にしまいこみ、自分の現状を振り返り、そして反省すべきところを反省してもらいたい。

そして時期が来てからでいいので、やはり何らかの折を見て、親に対して一度は「ありがとう」の言葉を、親の目を見て言える大人になってもらいたいなと思ってる。

親だっていろいろ悩んでる。子供にええ大人になってもらいたいからこそ悩んでるわけ。100%とは言わないが、少しでもそれをわかってくれればいいなと思って今日の記事を書きました。

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(追記)芦屋での講演会、現時点でまだ空きがありますので、よければご参加下さい。
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投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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力を出し尽くそう!と考えよう

Posted on: 2007年11月30日(金) 11:01

合格祈願 

今日で11月も終わりです。このHPを立ち上げて1ヶ月が経ちました。早いもんですね。もう1ヶ月です。その間にもいろいろありました。またお話しする機会もあろうかと思います。

一足飛びに夢を叶える方法なんてないし、仮にあったとしてもそんなので叶う夢なんてたかが知れてるはずなので、日々をちゃんと生きたいと思っています。

英語や数学の勉強と一緒で、大きな何かを叶えようと思ったら毎日の努力の積み重ねが大事で、たまに後退することがあっても長い目で見たときに着実に前進していればいいなと思っているのです。

この「長い目で見る」というのが夢を叶えるときには大事ですね。

結構若い間はせっかちなのですぐに答えを求めようとしますが、なかなかそういうわけにはいきません。そうすると答えが出ないものだから「無理なんかな」と思ってあきらめたりするのですね。

それでまた新しい夢に目覚めていったんは目指すのですが、またなかなか前に進まないものだから「人生って虚しい」みたいなことを言いながら(笑)断念する・・・ということの繰り返しになります。

夢を叶える人ってのは5年や10年のスパンで人生を見ますし、ことによるともっと長いスパンで見ることもあります。例えば僕が「ハリウッド映画に出る」という夢を叶えるには10年ではかなり厳しいことになります。

人生70~80年を長いと見るか短いと見るかはその人次第ですが、その中で何か大きいことを実現しようと思ったらやはり長い目で人生を見て、焦らないで着実に歩を進めることが大事なんやないかと思っています。

上の色紙にも書いてありますが、受験だけじゃなく、人生全般においても「認められよう」ではなく「自分の力を出し尽くそう」と考えて、努力を継続することなんですね。その中からまた別の何かが見えてくるかもしれません。そうすればまたそのときに考えればいいのです。

というわけで11月は1日も休まずに更新しました。ブログも含めて一歩一歩歩いていきます。

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(追記)そしてちょっと疲れたなと思ったらおもいきって休むことも大事です。

 

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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全体の一部であることを意識しよう!

Posted on: 2007年11月29日(木) 20:58

ノーモアヒロシマ

防衛庁と山田洋行をめぐる汚職事件が連日報道されていますが、額賀財務大臣や久間元防衛大臣の名前まで出てきて、第2のロッキード事件か?なんて言われています。

額賀さんが宴席に出ていたかどうかを喚問するか否かで与野党がもめていますが、それ以上にもっと本質的な部分を政治家の皆さんには議論してもらえればいいなと思います。

学生諸君は善悪の判断がある意味我々よりピュアかもしれませんね。一方我々大人は毎月、あるいは確定申告のときにものごっつい額の税金を納めていますので、「税金の無駄遣い」なニュースには敏感になります。

自分が一所懸命に汗水たらして働いて得たお金のうち、国や市町村に対して一部を納めるわけですが、半端なく税金って高いんですよ(>_<)

なんとかならんか・・・(┬┬_┬┬)

そりゃ頑張ってる政治家もいるんやろうけど、一部の政治家や官僚がこういう事件を起こすと、全員がそうであるかのような誤解を受けかねませんよね。

教員もそうでして・・・

ほとんどの先生方がすっごく頑張っておられるのに、一部の先生方が破廉恥な事件を起こしたりすると、「やっぱり教師ってのはあかんな」なんて言われたりします。

\( `ロ´)/

個人の責任で済まないことって自分が思っている以上にたくさんあります。「個人の勝手」ではなく、各自が全体の代表であるという意識が大事なんですよね。

ある生徒が万引きしたとします。そうするとその学校の他の生徒全員が「あの学校の生徒は万引きしよる」なんて見方をされることになるわけです。たまったもんじゃない。

でもそういうもんですよね。

プロ野球選手が引退後に事件を起こしたりすると、「野球ばっかりやってきて世間を知らんかったんやろな」なんて言われる。そして他のプロ野球選手までそう見られる。

その意味で・・・

我々はみんな個人個人違うんやけど、共通しているのは、自分が思っている以上に何らかの全体の一部であるわけで、その点では好き勝手に振る舞っていいわけではないのですね。

常に全体を意識することです。

悪いことをして罰せられるのは自分だけかもしれませんが、それによって他の人たちにも目に見えない形で罰せられているということを意識しておくことって大事です。

人間って弱いので易きに流されたり、不善なる方向に流されたりすることもありますが、そういう意識を習慣的に持っていれば流されずに済むことが多々あります。

それが習慣化すれば、意識しなくても良い行動ができるようになり、ゆくゆくは徳の高い人間になれるのではないかと思っています。

俺たちの税金を無駄に使うのはやめてくれ~!(>_<)
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(追記)最近、こちらのブログが熱くて面白いのでご紹介しますね。

 

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

成功は下積み次第!

Posted on: 2007年11月28日(水) 16:09

新作です

いよいよセンター試験まで1ヶ月半になりましたね。高3の出席率が高いので非常に満足していますし、多くの人がインフルエンザの予防接種を済ませたみたいですね。

準備万端!o(^∇^)o

そういう僕もそろそろインフルエンザの予防接種を受けないとダメですね。予約はしてるんですけど、なかなか時間が取れず(←典型的言い訳)まだ受けていないのです。まぁでも来週は定期考査も始まるのでそうなると時間が取れそうです。

新作は今日あたりから店頭に並び始めているみたいですね。東京が一番早いのかなと思っていたのですが、まだみたいです。取り次ぎ書店にはすでに入ってるみたいですので、まだの地域はしばらくお待ち下さいね。

・・・って、すでに次の本を書き始めてる僕ってどうよへ(×_×;)へ

来年はもう遊べんなぁと思いながら、上半期でかなりたくさんの作業をしておいて、下半期は少し休ませてもらおうかなと実は思ったりしています・・・って、各社の編集者諸氏、ちゃんと覚えといてね!

下半期、休みたいぞぉ!無理かぁ!?

授業と野球は休みませんけどね(^。^;)

僕が中学生の時にフィンガー5っていうグループが大人気でしてね。日本中で大ヒットを飛ばしまくったのですが、1年やったか2年やったか休養してハワイで何億も使ったそうです。

以前、東京に行ったときにフィンガー5の長男さんがやってるスナックで飲んだことがありまして、そのときに直接聞いた話なんですけどね。で、何億も使って日本に帰ってきたら人気は衰えていてどうしようもなく、そのまま引退したそうです。

僕は芸能人じゃないので引退も何もないのですが、本を書く(=アウトプット)ためには本を読む(=インプット)ことが必要になりますし、その意味で少し来年の下半期はインプットに勤しみたいなと思っているのです。

モモ

僕の周囲でも本を書きたいなと思っている人はたくさんおられますが、例外なく本をよくお読みになっていらっしゃいます。それぞれに分野は違いますが、読書家という点では共通しているのですね。

僕も今は参考書や問題集を書いているのですが、そのうち違う分野にも進出したいなと思っているのですね。でもそのためにはやはりインプットが必要ですし、今の読書量だと何も書くことができません。

問題集ならほとんどの問題集に目を通して、それぞれに「ここをこうしたらいいのにな」というようなことをメモして、それを自分の本を書くときに活用しているのです。1年に何十冊もの問題集に目を通します。

成功しようと思ったら、そういうインプットは何より大事です。

以前、生活創庫の堀の内社長の話を聞いたことがありますが、リサイクルショップを立ち上げるにあたって、自分でストーブやラジオを壊して、それを修理屋さんのところに持って行き、そして修理の様子をじっと見て吸収する期間がとても長かったそうです。

ある意味、下積みですよね。

下積みの期間ってのはかなり苦しくて「俺、何やってんねやろ」という気持ちと闘うことになります。その気持ちに克てるのはやはり将来の夢の形をビジュアライズしているからなんでしょうね。

どんなに苦しくてもこの山を越えたらきっといい風景もみえてくるはずやと思って歩くのですね。でも実際はさらに高い山が待ち構えていて、でもさらに同じ気持ちでその山も超えようと頑張るのです。

それこそが下積みなのです。

あるときにチャンスが来ます。それは下積みを頑張った人のみが掴むことになるはずです。

「あの人はついてるよね」という極めてラッキーな人であっても、周囲からはラッキーに見えるだけで実は誰にも言わないで頑張っていた期間があるはずで、それがないと仮に一時的に成功したとしても長続きしない。

なぜなら実力がないからです。力がない人は成功しませんよね。

東大駒場

受験生は関係ない話やと思いますか?違います。今やっているのはある意味、下積みなのですよ。将来のために下準備をしているのです。大学受験は下積みの一部なのです。

それが大学に入るとまた別の下積みに変わりますが、しかし高校の勉強みたいに極めて基礎的な勉強ではなく次のステップに向けて違う次元の勉強に変わるのです。

それは大学に残る人ならその下準備になるでしょうし、大学ではなく会社や病院などに勤めるという人は人間関係も含めて、さまざまなことを勉強するのです。

そこでたくさんの失敗をし、それを通じて一歩一歩成長していくのですね。

高校段階はその下積みのための下積みに過ぎません。

授業中寝ていても怒られない。遅刻しても大して怒られない。自分さえ頑張って成績を残していれば評価される・・・そんな甘い世界は上のステージではあり得ません。

今は与えられた環境の下で一所懸命に頑張ることです。それがあとになって「あれはキムタツが言うてたとおり下積みやったな」ということがわかってもらえると思いますね。

僕もたまに「そろそろ下積み期間は抜けたかな」と思う瞬間もありますが、しかし次の瞬間にまた引き戻されます。いつになったらこの下積みは終わるのかなと気が遠くなることもあるのですが、人生ってそういうもんなんやろうなと思いながら頑張ることにしています。

今はいい環境で授業ができ、野球ができ、本が書けますから、かなり幸せです。

しかしこれに100%満足するのではなく、また次のステージに向けて「今は下積み」という気持ちを忘れないで精進しようと思っています。この「精進しよう」感って大人の方のほうが理解してもらえるかもしれませんね。

幸いにも同僚で同じように頑張っている人が多いので刺激を受けます。僕も負けずにさらに上を目指します。

2位との差がつまってきましたが(泣)よろしくお願いします!
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(追記)発売中のアエラEnglishの1月号は単語力をつける特集でして、僕も写真入りで出ています。

(追記)ドラゴン桜コラムが更新されていますのでお読み下さいね。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

過ぎたるを望まず、感謝を忘れず

Posted on: 2007年11月23日(金) 18:15

松下記念館

今日は私学大会がありまして、朝から関学のグラウンドにお世話になってきました。5私学大会なのですが、甲陽、甲南、六甲、関学、灘の5私学で試合をするのです。

去年は灘が優勝しました(^-^)

で、今年も優勝カップを持って帰りますと校長先生にえらそうに言うてきたのですが・・・

負けました _| ̄|○

ミスが続きましてね。打てなかったのもあるのですが。ミスは1回なら神様も許してくれるのですが、2回3回と続けると見逃してはくれません。

結果的に開催校である関学が優勝しました。関学の皆さん、おめでとう!

それといろいろお世話になった関学の先生方や保護者の皆さん、グラウンド整備やボールボーイをしてくれた関学生たち、今日は一日ありがとうございましたm(__)m

負けましたが、人工芝の素晴らしいグラウンドで野球ができた幸せをかみしめております。

蜻蛉

僕、最近ホントに思うんですが、あまりに多くを望みすぎたり高いところに登るのを望み過ぎたりするのは良くないよなぁということです。意外に思えます?

いや、僕はどんどん上のほうを目指して昇っていこうと思うし、同僚の若手の先生方も「止まらないで遠慮せんとどんどんやってください」なんて言うてくれはるからありがたいのです。

でもそれって結果論として、気がついたら上にいるってぐらいのほうがええんやないかと思っているのですよ。どんどん上に昇ろうとすることと、ガツガツすることは別物ですからね。

僕ひとりでできることってのはホントにたかが知れてますから、周囲の人たちに協力してもらわんとどうしようもないわけですね。ガツガツしてると周囲の人たちから「あいつなんやねん」って目で見られます。

正直、今までそういう部分もあったように思えるのです。自己批判ですが。

灘という恵まれた環境で教員ができ、大好きな野球にたずさわることができ、自由に書きたい本を書かせてもらえる環境にいるのは本当に幸せですよね。

たとえば今日は4試合が行われて、灘は第2試合やったんですけどね。僕は第1試合、第3試合、第4試合の審判をしました。そういう話をしますと、そりゃ大変ですねって言われる。

確かに(やったことない方は一度やってください。1日に3試合の審判やると足がケタケタと笑います。今そういう状態でブログ書いてる)大変なことは大変です。

昼飯を食べることもでけへんし、泣くほど寒いし。

「ほんま疲れたわ」とか「お腹すいた」とか言い出したらキリがないのですが、では誰かが「木村さん、野球部の顧問代わりましょうか?」と申し出たら僕は絶対に断る!

疲れたのは事実やし、お腹すいたのも事実やけど、でも野球ができる喜び。勝った瞬間に生徒たちと一緒に「よっしゃあ!」と騒ぐ楽しみ。負けた時になんとも言えない気分で帰路につくのだって嫌いではありません。

生徒たちと勝った喜びや負けた悔しさを共有できなくなるのは絶対に嫌です。

アバンティ

本の執筆にしてもそうです。これだけ本を書いてると「大変ですね」と仰る方がたくさんいらっしゃいます。確かに大変です。眠くても寝れんし、飲みたくても晩酌できません。

自由でいいですねとよく言われるけど、すっごい不自由ですよね、ある意味。

でも自分がこれと信じて歩き出した道ですから、不自由な部分は絶対に出てくるし、人から批判されることも多々あるし、書いた本を批判されることだっていっぱいあって悩んだ時期もあるけど、嫌ならやめればいいよね。

やりたいことをやらせてもらっている環境をありがたいと思わないとあきませんわなぁ。過ぎたることを願ってはいかんなぁと最近は思っているのです。感謝の気持ちを忘れないというのはそういうことなんかなと。

不自由な部分を愚痴愚痴言うのではなく、自由にやらせてもらっている部分に感謝しながら、できる範疇のことを前向きにこなしていく。これを今後のスタイルにしようと思います。

今日は本当に疲れました。でもあんなに綺麗な人工芝のグラウンドで、素晴らしい生徒たちと一緒に野球ができた喜びを噛みしめて、今から高3生の英作文の添削をします。

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(追記)その前に晩飯を食べます。

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

動くことでヤル気が出る!

Posted on: 2007年11月19日(月) 12:08

東大1

これは東大駒場キャンパスの風景なんですけどね。この道が好きで、昨日は朝から駒場に行って散歩して参りました。10時に教え子たちと会って2時間ほど喋ってきました。

すでに東大に入って半年あまりが経ちますが、いろいろ活動的にやっている人もいれば、まだサークルに入った程度で特に何も動いていないという人もいました。これからアンテナをたくさん立ててやっておいたほうがいいよという話をしたのですが。

大学の4年なり6年なりというのは思っている以上にあっという間に過ぎてしまうし、思いのほか暇なのですよ。「小人閑居して不善を為す」とまではいかなくても、高校時代にかなり強く「大学に入ったらこんなことがしたい」と思っていても、バイトで小遣い稼ぎをしながらもそれとサークル活動などがメインになってしまい、高校時代に描いていたビジョンをなかなか実行できないというケースが目立ちます。

大人になると忙しくなります。仕事に就いて時間に追われ、結婚したら子育てに追われたりし、税金を払うだけでもかなりの負担で遊ぶ時間もカネもないという状況が生まれます。若いときは特にそうです。(わたしゃ今もそうだが)

ところがそういう忙しい中で「勉強したい」という気持ちが生まれることが多々あります。これって人間の不思議な部分ですね。もし大人が暇だったとしたら、そういう気持ちになるんでしょうかね?時間が有り余っている状況より、忙しいほうが前に進みたいという気持ちが生じる。

それが勉強欲につながっているんちゃうかなと最近思っているのです。

例えば受験生でも部活動を引退して「さぁ!受験勉強に勤しむぞ!」と気合いを入れるのですが、気がつくと「あれ?部活動やってたときのほうが勉強してた気がする」ということになるケースも多々あります。

結局、動いている人間というのはどういう方向にも動きたいと思うもので、これこそが人間の持つ慣性の法則の基本原理じゃないかと思っているのです。その意味で言えば自分のモチベーションを上げるのは意外と簡単かもしれません。

ヤル気になりたい!

そう思う人はとりあえず何かを始めてみることです。自分に関心のある何かを続けてどんどんやっていくのです。そうしているうちに脳がいろんな方向に行きたがりますから、そうすると「勉強もしたい」「スポーツもしてみたい」「読書したいな」という欲求が生じます。

そうなれば今度はタイムマネージメントを考えます。与えられた時間をどう使うかということを考え始めるわけですね。1日は24時間しかありませんので、その中で上に書いた欲求をどういうふうに実現するかを考えるわけです。

具体的に!

大事なことは動いてみることです。ヤル気が出ないという状況に僕が最近あまり陥らないのは、実は自分なりに慣性の法則を利用しているからなのです。

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(追記)英語教師の勉強会、具体的に動き始めました。

 

   


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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大きい勝負で勝つためには

Posted on: 2007年11月16日(金) 15:31

 東大1

昨日、前生徒会長のN君が卒業文集に載せる教員の言葉を書く用紙を持ってきてくれました。もうすぐ卒業ですねぇ。卒業式はセンター試験と二次試験の間なので微妙なのですが、二次の結果が出る前よりはええわな。

僕が高校の時の卒業式って1月29日でね。自分の誕生日に卒業式があって嬉しかったのを今でも覚えています。しかしその卒業式に共通一次試験(現センター試験)のリサーチ資料を返されて、がっかりしたのも覚えております。なんでこんな日に返すかなぁと思っていました。

あれからすでに25年が過ぎましたが、本当にいろんなことがあった人生でした。今から思えば浪人なんかはなんてことなかったな。ヤクザ屋さんにお世話になるとは思わんかった。さすがにこれからはもうそろそろ真っ直ぐな人生でもいいかと思ってるんやけど(笑)

授業中に生徒たちを見ていると、眠気と闘ってる生徒が一番目につきます。

寝ている生徒は言語道断。夜起きて頑張ってるんやからしょうがないよという人もいるやろうけど、僕はそうは思わん。センター試験が64日後に迫ったこの状況で、緊張感なく寝てるようでは先が思いやられる。

一方、授業中に起きて頑張っている生徒は(それが当然の姿なので)目立たない。目立つのは「寝ちゃいかん」と思いながら必死に闘っている生徒なのです。途中で顔を洗いに行く生徒は僕はOKやと思う。いや、そうでないとアカン。

僕は高校の時は闘ってなかった。眠くなったら寝てたし、英語の時間以外は全然面白くなかった。母親が必死に働いて授業料を払っているという事実は頭になかったし、要するに何とかなると思って自分に甘えていたんやね。

結果的に何ともならんことが浪人してわかった。

自分で切り開かないと誰もナンも助けてくれへん。これが大金持ちで父親に倒産の可能性もなく、相続税がかなりかかっても余生まで大丈夫な人の場合は違うかもしれませんけど、普通の人の場合は自分が頑張らないとどうしようもない。

んー、なんでそんな当たり前のことに気がつかんかったのか。

授業で闘わずに寝ている生徒はやはり残念やけど入試においては厳しい戦いを強いられる。起きて頑張っている生徒と、寝たらアカンと思って闘ってる生徒たちが合格通知を争うことになる。

ここという時に逃げたくなる人はそのまま断念して寝ることになる。でも、逃げたらアカンのはわかってるけど、どうして今日はこんなに眠いんやという気分で闘わねばならんときはあって、文字通り、睡魔という悪魔と戦うことになるわけです。

そのドラマも含めて受験なのですが、やはりその悪魔に勝って、日常の生活の中で勝利体験を重ねてほしいなと思っています。勝つという経験を重ねるからこそ、大きい勝負にも勝つことができますからね。

力石との戦いでマットに沈んだ矢吹丈に「立つんだ!ジョー!」と叫んだのは丹下のおっさんですが(笑)僕は授業中に睡魔と闘っている生徒たちを見て「寝るなぁ!」と心の中で叫んでいるのです。

常に勝つのは難しいけど、それでも大きい勝負で勝つためには小さい勝負において勝つことです。そしてその小さい勝利を重ねて、そして自信をつけることが大事なのですね。

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(追記)明日は灘の80周年記念式典が行われます。

 

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

kimutatsu

リーダー性を養うには

Posted on: 2007年11月8日(木) 10:15

モモ1

先日、神戸市の私学の教員ソフトボール大会があり、僕もキャッチャーとして参加してきました。
負けましたが、楽しかった(^-^)

僕はこう見えて?動く機会が多いので、筋肉痛はあまり出ないで済みました。
翌日は少し足が張ってましたけれども。

キャッチャーってのは激務なんですよね(^-^)

バットを持った人が近くに立って、場合によっては振り回すもんやから、怖いと思うでしょう?
でも慣れればそんなことありません。

むしろキャッチャーはフィールドの監督です。守備位置も全てキャッチャーが指示します。
なにかと声を出すのもキャッチャーなのです。

野手はキャッチャーの指示に従わねばなりません。だからキャッチャーは監督なのです。
試合に負けるとキャッチャーが悪いと言われます。

それでいいのです。だから面白い。

責任がかかってくると逃げの姿勢になる人がいます。逆に燃えるタイプの人もいます。

あなたはどちらでしょうか。

僕は小学校時代から級長になったりして、責任を負うのを楽しんでいたように思うのですが、もともと気が小さいので心臓はバクバクしていました。

ただ上に立つのは昔から好きやったみたいで、この性格はおふくろの血によるものではないかと思っているのですね。

モモ2

高校時代は成績が低迷していて、級長に選ばれようもなかったのですが、大学に入ると所属していたバンドなどをやるグループの会長になりました。

今から思えば自然な流れやったのかなという気がします。

上に立つ人ってのは責任感を押し付けられるのに慣れてきます。この「慣れ」ってのは、上に立ったことのない人には絶対にわからない感覚だと思うのですね。

大学時代に例えば部長を務めていたとか、グループの発起人になっていたとかいうと、就職のときに多少は評価されます。

これはなぜかというと、社会に出て仕事をするときってのは、やはり個人にかかってくる責任がとてつもなく大きいからです。慣れた人を採用したいのは当然です。

全員で1つの大きいプロジェクトをする際にリーダーになれる人となれない人がいます。あなたが会社の経営者ならどちらのタイプが多い会社を作りたいですか?

リーダーシップというのは社会にでると非常に大きい要素なのです。リーダー性を持っている人ってのは、協調性がありますし、もちろん責任感もありますし、公共性もあります。

なにしろ誰か他の人たちから見られることに慣れているわけです。場合によっては一挙手一投足にまで見られることだってあります。批判もされます。

もちろんプレッシャーだってありますが、それに弱い人はリーダーにはなれません。

プレッシャーに対する強さは必須条件。

以前僕が勤めていた学校で、廊下を走っていた生徒がガラス戸に突っ込んで大怪我をするという事故がありましてね。手を切って大変でした。

当時、生徒指導部で頑張っておられた先生が貼り紙をされました。

僕はその貼り紙に感動しましてね。

「廊下を走るな。怪我をするぞ!」と貼られたのです。が、ここまでは普通だと思うのですね。大きい手書きの字でしっかりと書かれた貼り紙でインパクトがありました。

他の貼り紙と違ったのは、「怪我をするぞ」のうしろにご自分の名前をお書きになっていたのです。

廊下を走るな!怪我をするぞ!●●

これ、できるようでできません。廊下を走って怪我をさせたらその責任は自分にあるのだという気持ちの表れです。

また当時のその学校には斜に構えた生徒も結構いましてね。

名前を出したりすると「あいつ、なんやねん、ウザイやつやな」なんて、生徒から思われる可能性だってあります。誰でも生徒から好かれたいという気持ちはあります。

その先生は生徒に変に妥協して好かれるより、ちゃんと仕事をしているほうが生徒たちには理解してもらえると常々思っておられる方でした。

それまでも廊下を走って怪我をする生徒がいまして、そのたびに教員は指導していたのですがあまり効果がありませんでした。

ところがその貼り紙が数枚廊下に貼られただけで、激減しましてね。

僕はクラスの生徒たちにいろいろ聞いたのですが、「あの最後の●●っていう名前に重みがある」というようなことを言っていたのを覚えています。

自分の名前で何かを行うことの凄さを思い知らされました。それに感動した僕は、以後はたとえば黒板に生徒たちに対する注意を書く場合でも最後に「木村」と書くようにしています。

どこまで効果があるのかはわかりませんが、俺が責任者やねんということをはっきりさせようと思っているのです。

責任を負いながらリーダーシップは養われます。なにもクラブの部長や主将にならなくてもいいのです。小さいところから練習すればいいのです。

するとだんだん大きい仕事が任されます。そうなるとあなたは社会的に非常に価値のある人間だということになるわけですね。

船頭多くして船山を登るという諺もありますが、それでも社会はリーダーを求めているのです。

前に立って発言できる人間になりましょう。

他の人についていく立場ばかりではダメです。前に立ってみましょう!

そのためには、やっかみを恐れてはなりません。つまらないやっかみや批判はまったく気にしなくていいのです。「目立ちよって」という批判をする人は、自分が前に出られないから悔しがっている人たちなのです。

前へ出てみることです。内気な人やリーダー未経験者は特に頑張りましょう。

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 (追記)お手紙を多数いただき、感謝しておりますm(__)m

 


投稿者: kimutatsu  |  カテゴリー: 人生論  

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