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脳のバグを是正するために

2025.07.02(水) 12:00

7月2日。今年もすでに半年が過ぎた。残りの半年でやりたいことが多すぎる。多いのと多すぎるのとは違う。「多すぎる」というのはよろしくない。very muchは肯定だが、too muchは否定である。「美しい」は褒め言葉だが、「美しすぎる」はそうではない。美しすぎて気味が悪いのかもしれないが、とにかく否定的なニュアンスである。

したがって、「暑い」は肯定だが「暑すぎる」は否定である。「暑くて気持ちがいいな」「暑いから泳ぎたいな」などと肯定的に使うのに対し、「暑すぎて死にそう」「暑すぎるから家にいる」など、tooの場合には否定的な文言が続くことになる。友人の藤木君は「太っている」と「太りすぎだ」は、したがって違うのである。

こんなことを書いている時点で、吾輩の脳がバグっているのは理解してもらえると思う。
英語を読み、日本語を読み、論説を読み、小説を読み、論説を書き、小説を書いている。先日、東大卒の才女から「英語の論説文をお書きになっているのに、その対極にある日本語の小説も書いておられるという点で、かなり注目している」と言われた。吾輩の脳がおかしくなっている最大の原因はそこにある。

先日、ゲノム編集についての文章を英語で書いた。第一段落から第四段落まで論理展開は、自分で言うのもナンだが、完璧だと自負している。書いた文章をラ・サール高校の丸山君に送り、チェックおよび解説を書いてもらっている。「いい文章です」とコメント付きで返却されてくる。

一方、日本語で小説を毎日書いている。こちらは論理もへったくれも、まったくないわけではないが、ない。自由である。そこにきて公式的なものがあるわけでもない。最低限の流れというものはあるが、それ以外は作家の腹次第。起承転結の転から始まる小説がどれぐらい多いか。

逆に、起承転結がかっちりしすぎている小説を思い浮かべればよろしい。公務員や教授などが小説を書くとぜんぜん面白くないと言われるが、吾輩も同じである。書いたものを読むと、ちっとも面白くない。論理的なのはいいのだが、吾輩のは論理的すぎるのである。veryならいいのだが、tooは否定である。

長年の英語経験によって論理脳になっているものだから直すに直せない。ここは論理的に必要だなと思うパーツを削除できず、またぞろtoo logicalになってしまう。脳がバグっている。このバグを是正するためにはアルコールに漬ければいいのではないかと思い、ここのところすっかりジンの炭酸割りだ。多くの作家がアルコール依存症になる理由が最近ようやく理解、否、体感できているのである。

木村達哉

追記
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