10月3日。娘が大学時代を過ごした三保松原に行ってみたくなった。彼女のアパートには一度だけ泊まったことがあるが、少し歩いたところから富士山が薄く見えた。帰りに清水駅近くのショッピングモールで海鮮丼を食べたが、こんなところでこの味かと思うほど新鮮でおいしかったのを覚えている。
三保松原と言えば日本新三景のひとつ、羽衣伝説、松林の緑と打ち寄せる白波、歌川広重といったところか。無料の駐車場から砂を踏みしめ海へと少し歩いたが、気になるのは羽衣の松よりも抹茶ソフトクリーム。帰りに妻と義母とともにいただいた。売店のおじさんが愛想よく、さくらを連れてお店の中まで入っていいよと言ってくれた。
こんなに美しい場所を散歩していても仕事モードから抜け出せん。三保松原を題材にした文章は書けんもんかなと考えている。犯人がここに逃げてきたとしたらなんて、そっち系の作家でもないくせに考える。売店を見ると、売っているものを確認する。純粋に観光するというよりネタ探しをしているのだから不健康極まりない。
他の作家に聞いてみたが、みな似たようなものだった。情報はネットで検索すれば出てくるが、細部まではヒットしない。風の匂い、砂浜の柔らかさ、鳥のさえずり、海の咆哮は自分で感じるしかない。それをどう描写するのかも含め、すべてが物書きの仕事である。さすがのAIにも出番はない。
娘に画像を送ったら「なつかしい! 毎日通った道や!」という返信があった。絵文字いっぱいのLINEでさえも文章の材料にできんかと思うぐらいだから、もうほとんど病気である。多くの作家が自死を選んだのも、この無限のネタ探しが原因ではないか。終わりのない探検に疲れ果て、思考をあえて停止させて、帰りは知った道なのにナビの音声にしたがった。
木村達哉
追記
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