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暗記の楽しみ、忘却の哀しみ

2023.04.18(火) 11:00

先月、静岡の富士市で英語の学習についてお話し申し上げたが、それが新聞にえらい大きく報じられたと主催者の金谷先生からご連絡をいただいた。このような報道の良い点は、参加者の皆さんが会場に座って話を聞いていた経験をリアルに思い出し、第二の化学反応とも言うべき体験をすることだろう。

その時は初めて聞くような話に脳が鮮やかに反応し、こりゃいい話を聞いたわい!とアドレナリンが噴出するにしても、一日経ち二日経つと興奮を忘れ、元の自分へと戻っていく。形状記憶シャツが、洗濯直後は皴が寄っているのに、乾くにしたがってどんどん元ののっぺりしたシャツに戻っていくのに似ている。

その点で、取り上げてくださった新聞社には深く感謝したい。

それにしても私たち人間はなんと忘れっぽい動物であることか。今日の昼に何を食ったのかさえも思い出せないのだから、頑張って覚えた歴史や哲学の知識が脳からどんどん抜け落ちていくのはいたしかたない。

以前、一度見たものはなぜか忘れませんと言った教え子がいた。結局、その彼はどうにも生きにくくなったのか、学校に来なくなった。家庭訪問をすると、なんでもかんでも覚えているものだから苦しいのだと言う。生まれつき脳が退化している私などにはわからない悩みだが、彼の苦悩を思うに我々はそもそも苦しまないように忘れていくのだろう。

が、それでもやっぱり覚えておいたほうがいいこともある。家族に「あのあれ、あのぉなんや、ありゃいったいなんやったかいな、ほれほれ」などとばかり言っている私などは迷惑のカタマリでしかない。英単語の暗記についてセミナーでエラそうに語る私も、そんな情けない状態なのである。

思い出を呼び覚ましてくれる新聞のようなものは日常的にはそうそうないのだから、自分の努力でなんとかするよりほかない。私の場合には覚えるべきことは全てノートに書きこんでいる。アプリでは覚えられない。若い人などはその逆なのだろうが、自分のやりたいようにやればよい。

奈良の学校で働いていたとき、忙しすぎるのか昨日食べたものすら思い出せんわと同僚に言ったら、食べたことを覚えているうちは大丈夫だと言われて膝を叩いた。覚えながら、そして忘れながら、それでもまた引き出しから記憶を引っ張り出しながら、これからも生きていくのだろうな。

そんなわけで、金谷先生からは静岡以外でもやってもらえませんかというLINEをいただいた。こんな私の話でも聞きたいと言ってくださる方がいらっしゃるのであれば、喜んで出かけていく。お会いする機会があれば、声をかけていただきたい。その際には、ブログで読んだので声をかけましたと言っていただければ。ただ、声をかけていただきたいと書いたことを忘れていたら本当に申し訳ない。

木村達哉

追記
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