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あつあつを召し上がれ

出版社 新潮文庫
著者 小川 糸

誰にだって忘れられない味がある。身も心も温まる、食卓をめぐる7つの物語。
好きな食べものを教えてくださいと言われれば、僕の場合は即座に「炊き立ての白いご飯」と答える。どんなに有名なシェフが腕によりをかけたフレンチもイタリアンも、これに優るものはない。味噌汁があり、美味しい梅干しがあり、味付け海苔があれば最高の食卓となる。そこに紅鮭が加われば、余計なものはもうなにも要らない。

鍵っ子だった僕の仕事は、親が帰るまでに風呂を沸かして入っておく、朝食で使った食器を洗っておく、そしてお米を炊いておくの三つだった。炊飯器はすでに普及していた。内部にある線まで水を入れれば誰でも炊けるようにはなっていた。それでもお米のとぎ方を間違えるとあまり美味しくないご飯になり、家族を無口にさせた。水を入れる際にも最新の注意が必要だった。あるとき、布巾を敷いて少し斜めになった場所で水を入れたことがあった。できあがったお米はいつもより少し硬かった。父も母も弟もなにも言わなかったけれど、僕はみんなが楽しみにしていた晩ご飯を壊したことが辛くて、食べながらぽろぽろと涙がこぼれた。みんなでうつむいて食べた。

五穀米が健康にいいらしいとは聞く。たまに食べてみる。実に味気ない。僕は白米が大好きで、炊き立てを食べていれば、少なくとも心は健康でいられる。レンジでチンしたご飯なら要らない。どんな人にも食卓をめぐる物語があるのではないか。小川糸さんの美味しい短編小説を味わっていただきたい。