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椿井文書 日本最大級の偽文書

出版社 中公新書
著者 馬部隆弘

もうずいぶん前のことですが、アメリカのあるカトリック系の学校がハリー・ポッターシリーズを図書館から撤去したというオンラインニュースを目にしました。子どもたちが夢中になって読む本を図書館から撤去って、不思議ですよね。いったいなぜだ?とニュースを読み進めると、その理由が「悪霊を呼び起こせる本物の呪いや呪文が含まれているから」という、これまた摩訶不思議な理由で驚きました。もちろんJ・K・ローリングはフィクションとしてハリー・ポッターを創作したはずですので、この図書館の撤去理由は滑稽です。大人が信じるほど、この魔法学校のお話はリアルに描かれているということなのでしょう。

今回ご紹介する本は、日本の、それも大昔につくられた偽文書について書かれた本です。「椿井(つばい)文書」といいいます。「椿井文書」とは、江戸時代の偽文書です。偽文書自体はとくに珍しいものではないらしく、研究の世界からは排除されるため、表舞台に出てくることはめったにないそうです。しかし、そんな定説を覆すかのように、現代の学者たちの目をすり抜け、本物のように扱われてきた偽文書が、近畿地方で見つかりました。それも、大量に。それが、この「椿井文書」です。

「椿井文書」は、江戸時代後期に実在した国学者・椿井政隆(1770~1837)によってつくられた偽文書の総称です。京都、大阪、奈良、滋賀など、近畿の広範囲で数百点以上が発見され、すべてをたったひとりで制作したと考えられています。江戸時代につくられたこの偽文書が現代にも影響を及ぼしてしまっているというのです。京都府山城地域のある自治体では、学校教材や地域の町おこしの歴史資料として「椿井文書」が引用されてきました。分付の範囲、引用された数、現代への影響の大きさを考えると、「日本最大級の偽文書」と言っても過言ではなさそうです。

それにしても、椿井政隆によって創作された文書(偽文書)が、なぜここまで影響力を持ってしまったのでしょうか。「椿井文書」の実態をわかりやすき解説しているのが、歴史学者の馬部隆弘さんのこの著書です。興味深いエピソードとして、椿井政隆は文書を偽作するとき、完璧なウソをつくのではなく、わかる人にだけわかるユーモアをところどころに混ぜ込んでいたというのです。その理由は、万が一、偽造罪で捕まってしまっても、「戯れにつくったもの」と言い逃れできるようにというのですから、どこからか「お主もワルよのぉ~」という声が聞こえてきそうです。

歴史に詳しくない人でも、この本を読むと、椿井政隆がどんな人物だったのか、なぜ彼のつくったものが広範囲に伝播したのか、そしてなぜ多くの歴史学者でさえも騙されたのかがよく分かります。著名な歴史学者が正と唱えるものに対して異なる説を提起する馬部先生の勇気を称えたいと思いました。馬部先生の孤軍奮闘ぶりが記された後半を読んでいくと、史実とフィクションが無い混ぜに取り扱われる危うさと、その訂正の難しさを改めて痛感させられました。