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陰翳礼讃

出版社 角川ソフィア文庫
著者 谷崎潤一郎

2011年の東日本大震災の後、計画停電という四字熟語が政府やメディアを通じて日本中を駆け巡ったのは記憶に新しいところです。一般家庭への電気の供給を止めて一般市民を路頭に迷わせるよりも、繁華街の電気を止め、酒ばかり飲んでいないでたまには家に早く帰って本を読もうというキャンペーンをはればいいのにと思ったものです。歌舞伎町で電気を止めた翌日は六本木の、そしてその翌日は渋谷の、さらに翌日は池袋の電気を止めることで、相当な節電ができるのではないでしょうか。東京は明るすぎるのです。地方以上に犯罪が起こりそうにないぐらい明るい。したがって、現代の東京や横浜で生まれゆく文化は、地方の文化のみならず、日本の古人が作ってきたそれとはまったく意を異にする日本文化であると思っています。

日本古来の文化が生み出した芸術作品は陰翳を意識したものが多く、例えば寺院で仏像を見たときに感じる何かは、明るい場所では気が付かない何かであり、それはつまりその仏像を作ったときの日本は当然ながら今のように明るくはなかったものだからこそ生み出された芸術であり幻覚なのです。日本的な美の本質は陰翳を意識するところから始まります。したがって、日本的美を感じようとするならば、今の日本は明るすぎるのです。

残念ながら多くの方々の犠牲を生み出した東日本大震災ではありますが、計画停電が話題になった折に、その不便さを嘆くばかりではなく、これこその機会と捉えて、数時間の陰翳とそれが生み出してきた我が国の文化とを享受しては、古に思いを馳せてみるのも悪くないのではないかと感じていたのを覚えています。本書をお読みいただき、訪れた神社やお寺、仏像や絵画などを見て、暗い中であればどのような見え方になるのだろうと考えてみるのも一興かと思います。