11月25日。講演を予定していた福岡県立の高校からご連絡を賜り、リスケしてほしいとのことであった。インフルエンザが蔓延していて参加できない生徒たちが多数でてきたとのこと。それならしょうがない。年明けの予定はけっこう空いているので、そこで日程が合えばということになるだろう。
来年4月以降の講演依頼もすでに届き始めているらしい。新学年すぐにという学校もあれば、中には11月にお願いしたいという学校もあるらしい。「らしい」と書いているのはマネジメント業務を委託している企業の方からご予定はどうでしょうかと幾度も聞かれているからである。
新学年の依頼に関しては、生きていれば行かせていただきます、と返事をした。母が死んだのが62歳。私もあと二か月でその歳になる。「62」という数字には少し敏感になっている。父は71歳。母は肺がんで呼吸ができず、空をつかむように喘ぎながら死んだ。父は浴槽に頭まで浸かった状態で見つかった。二人とも気の毒な死に方だったが、人間死ぬときは大なり小なりそんなものなのだろうと思う。

父もまさか風呂に入る前は今から数分後に死ぬとは思っていなかっただろう。母は数年間の入院生活を送っていたので覚悟はしていただろうけれども、したって今夜だとは思わなかっただろう。人間いつ死ぬかわからんとはよく言うが、さすがに40歳を過ぎれば、その「いつ」はいつ来てもおかしくはない。
いつ死ぬかわからんので、人の悪口や批判は一切やめた。
いつ死ぬかわからんので、悪口癖批判癖のある人から離れるようにした。
いつ死ぬかわからんので、好きなことだけに寄りそうことにした。
いつ死ぬかわからんので、応援してくださる人だけを見て生きることにした。
講演ではジジくさいと言われても、人生の幕はいつ降りるかわからんのやから、時間にあぐらをかいて生きるのはやめておいたほうがいいよ、と若い人たちに語ることにしている。明日も生きるのだろうから、今日だらだらしていてもなんとかなるだろうと考えているうちに今際の際はひたひたと足音を立てて近づいてきているのである。
来年度の講演予定はそんなわけですべて確定させていない。まずは来年1月に62歳になる。そのあとに考えよう。来年出版する本も6冊依頼されている。心と体の健康を何よりも優先し、講演にしても執筆にしても元気にこなす自分でありたい。
木村達哉
追記
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