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自由というのは

2022.07.23(土) 10:00

どこに勤務しているわけでもないので、夏休みもへったくれもないわけですが、なんとなく灘校が夏休みに入ったと元同僚から連絡があったので、勝手に夏休みの気分でおります。ただ、夏休みといっても遊んでいるわけではありません。昨日、山口県桜ヶ丘高校での質疑応答で、ある生徒から「現在の給料はいくらなんですか」と質問を受けましてね。

「0円ですよ」と答えました。

どこにも勤務していないということは、つまりそういうことなので不安定なんです。皆さんが本を買ってくださったら僕に数十円が入ることになるわけで、よければ買ってくださいねと笑顔で答えました。生徒たちは「え?0円?」とざわめいていました。

自由になるってそういうことなんです。朝何時に起きてもいいし、夜何時に寝てもいい生活なのです。自分の健康と実力だけが武器なので、自由だからといってぼんやり生きているといろんな意味で死んでしまうのです。生活保護を受けている作家さんたちもけっこういらっしゃるそうですが、僕の場合はまだそんな状態ではありません、と生徒たちに話しました。

誰でも自由に生きたいと思います。でも、自由に生きるためにはそれなりの覚悟が要ります。灘校で勤務していたときはいつも不自由だなぁと思っていました。確かに相対的には自由な学校だと思うんです。自由に外で講演をしたり出版したりもできましたからね。でも、朝7時半には出勤し、それなりの時間までは職員室にいなければなりません。

生徒たちに問題があれば土日であっても出ていかねばなりません。そうじゃなくても部活動の指導をしていましたので、自分の子どもが家にいるのに、他人の子どものために出ていけねばならず、かと言ってその代休を平日に取ることもできず、完全に休日が潰れてしまいます。したがって、不自由だなぁと思っていました。

今は自由です。ただ、毎月の給料は誰からももらっていません。だからこそ努力しないといけないなぁと考えています。今まではかなり楽チンだったなぁとも思います。あと40年ぐらいは生きるつもりですので、社会的に死んでしまわないように、英語にしても文章にしても絵にしても何にしても、しっかり自分の力を高めていこうと、木村要らねと言われないようにしようと、いつも考えています。がんばりますよ。悲壮感はまったくありませんけどね。

木村達哉拝